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2006年12月

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旅行について

旅行が趣味、というのがもうひとつよくわからない。
ずいぶん昔から旅をするのは好きなのだけれど、野宿旅をしたり、バイクでツーリングをしたり、ヒッチハイクで行けるところまで行ってみようというような気持ちを抱くのは、決まって平穏な日常から抜け出したいという欲望がピークに達したときである。
で、大体の場合、「つかれたあ」「もう死ぬ」などとつぶやきつつも、非日常を存分に味わって満ち足りた気分で部屋に帰ってくるからこそ、また懐かしき日常の趣味やら仕事やらにいそしむ事ができるのだ。

趣味は日常であって、旅行は日常からの離脱である。

友人はそういうのを子供っぽいという。大人の旅の楽しみ方ではないと。
よくわかんないけど、彼らの言うのはきっと白人社会にあるような、日常を旅先にそっくりそのまま持ち込んで、のんびりと過ごすヴァケーション的な旅行というのを指しているんじゃないかと思われる。
でも、そうじゃないんだよなあ。
よくドラマなんかで見かけるような、旅行帰りのオバチャンの「ああつかれた、やっぱ家が一番やわ」という一語にワタクシの旅の観念は集約されている。
外を見ること、非日常を肌で感じること。
そこには本質的な意味での開放があり、非日常的なもろもろの不自由な制約との戦いがある。
別に地獄や煉獄を旅しているわけではないので、ダンテおじさんが言うように「惨めなとき、幸福だった日々を思い出すことほど、大きな悲しみはない」というような悲惨な感想はないわけだけど、「はは、おもろ」と「鬱陶しい、死ねばいいのに」というのが道中至るところに混在して、帰り着いたときに「やっぱ家が一番やわ」という感想が生まれ出てくる。
なんだかせわしないけど、こっちのほうが性にあっているというか。だいたい旅行ってそんなもんなんじゃないのかなあ?ぜんぜんスタイリッシュではないけれど、いつもこの方がなんとなくしっくりくるのだ。
オバチャン的ジャパニーズ・スタンダードだという批判はさておき。

とにかくワタクシにとっては、そういうのが、旅だ。

beacon

ネット業界の、おそらくは片隅らしき場所で仕事をしていて思うことがある。

密度過剰だなと。
人、多いなと。

ただしこれは主観的なパースペクティヴの問題であって、実際にネット上で検索をしてみたりすると、存外探し物に出会えなかったり、行きたい場所に行けなかったりする。
昔から、「ブログなんて誰が書くんだろう?」とか「自分の他愛ない独り言を、どうしてわざわざ衆目の集まるネットワーク上にさらすんだろう」なんて思っていたけれど、最近になってやっとそうでもない気がしてきた。
そう、パースペクティヴ。
結局のところ、都会の雑踏と一緒なのだ。
多くの人が行き交い、時折の言葉を交わす。でもそれだけのこと。
我々はネット上にあっても、それ相応に孤独であり、数え切れないほどのコミュニケーションに取り囲まれている。
満天の星空をクローズドの視点から眺めて「孤独」と呼ぶ人間がいるように、それをグローバルな視点で「飽和」と評する人間もいるのである。

だからこれでいいのだ、きっと。
書きたいことを書き、運がよければ、それを受け取るどこかの誰かがいる。
我々の発する他愛のない独白の数々は夜空を彩る星々であり、無数の船が行き交う大洋上の孤独なビーコンであり、安酒の瓶に押し込まれた手紙である。
それらが放つ光は救難信号であったり、喜びの知らせであったり、あるいはセックスフレンド募集であったりするかもしれない。

でも大方のブログを書こうとする人間がそうであるように、僕の放つ光もまた、ごくささやなものでしかない。

そのビーコンが発する信号なり、ボトルの中の手紙なりに添えられたメッセージはただひとつ。

「僕は、ここに、いるよ」

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